プログラムノート(第377回定期演奏会)
2024-11-15
カテゴリ:読み物
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奥田 佳道(音楽評論家)
メンデルスゾーン(1809~1847)
序曲「静かな海と楽しい航海」 作品27
序曲「静かな海と楽しい航海」 作品27
作 曲 1828年 私的初演 1828年9月7日ベルリン、メンデルスゾーンの両親宅 公開初演 1832年12月1日ベルリン、ジングアカデミー |
冒頭、アダージョの楽想が海の神秘を映し出す。静かな海だが、これは、心地よい風が吹く海でも穏やかな海でもない。
「深い沈黙が水面を支配している。海は動かずに静まりかえり、船長は不安げに、辺り一面の滑らかな水面を眺めている」(ゲーテの詩から拙訳)─そんな海である。完全な静寂は船乗りに不安をもたらす。
やがて「霧は晴れ、空は明るくなり、風がささやく。船長が漕ぐ。早く!早く! 波しぶきがあがり、距離が近づく。国が見えてきた」。
文豪ゲーテ(1749~1832)の叙情詩集Liederに収められた2つの短篇「静かな海」と「楽しい航海」に基づく演奏会用序曲が開演を彩る。ちなみにベートーヴェンも同じ詩に依るカンタータを書いている。
メンデルスゾーンの序曲は1828年、19歳の年に創られた。すでに心象風景を管弦楽で描く天才だった。目的地到着の喜びを表すトランペットの輝かしいファンファーレで終わらないのが、また彼らしい。
アダージョ~モルト・アレグロ・ヴィヴァーチェ
ブルッフ(1838~1920)
スコットランド幻想曲 作品46
スコットランド幻想曲 作品46
作曲 1879年、1880年 初演 1881年2月22日リヴァプール、ヨーゼフ・ヨアヒムのソロ、作曲者自身指揮の リヴァプール・フィルハーモニック協会 |
味わい深いファンタジーを聴く。重音も効果的に響く。
この曲、独語の正式タイトルを訳せば「スコットランド民謡の旋律を自由に用いた、管弦楽とハープを伴ったヴァイオリンのための幻想曲」となる。
19世紀ドイツ・ロマン派きっての旋律作家マックス・ブルッフと言えば、ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調が有名だが、前述のタイトルが示すようにハープも重要な役割を担う「ヴァイオリンのための幻想曲」を忘れてはいけない。
曲は、スコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズ(1759~1796)らが編さんした民謡集「スコットランド音楽博物館」をもとに作曲された。ウォルター・スコットの小説からも霊感を受けている。
序奏 グラーヴェ ブルッフ曰く「廃墟となった城を眺め、過去の栄光に満ちた時代を想う吟遊詩人の音楽」。切れ目なく第1楽章へ。
第1楽章 アダージョ・カンタービレ スコットランド民謡<森を抜けよ、若者よ><年老いたロブ・モリス>の旋律から。
第2楽章 アレグロ <粉まみれの粉屋>の旋律から。切れ目なく第3楽章へ。
第3楽章 アンダンテ・ソステヌート <ジョニーがいなくてがっかり>の旋律から。ポップスにもなったメロディだ。
第4楽章 フィナーレ:アレグロ・グェルリエロ <はやし言葉><英雄ウォレスとともに血を流したスコットランドの民よ>の旋律から。14世紀のスコットランド王ロバート1世の時代から伝わる戦いの歌だ。この調べはベルリオーズも序曲「ロブ・ロイ」(1832)で使った。
グェルリエロguerrieroは、勇ましく、戦闘的な、勇者のごとく、の意。楽章終盤で第1楽章の主題が回帰する場面も胸をうつ。
この曲、独語の正式タイトルを訳せば「スコットランド民謡の旋律を自由に用いた、管弦楽とハープを伴ったヴァイオリンのための幻想曲」となる。
19世紀ドイツ・ロマン派きっての旋律作家マックス・ブルッフと言えば、ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調が有名だが、前述のタイトルが示すようにハープも重要な役割を担う「ヴァイオリンのための幻想曲」を忘れてはいけない。
曲は、スコットランドの国民的詩人ロバート・バーンズ(1759~1796)らが編さんした民謡集「スコットランド音楽博物館」をもとに作曲された。ウォルター・スコットの小説からも霊感を受けている。
序奏 グラーヴェ ブルッフ曰く「廃墟となった城を眺め、過去の栄光に満ちた時代を想う吟遊詩人の音楽」。切れ目なく第1楽章へ。
第1楽章 アダージョ・カンタービレ スコットランド民謡<森を抜けよ、若者よ><年老いたロブ・モリス>の旋律から。
第2楽章 アレグロ <粉まみれの粉屋>の旋律から。切れ目なく第3楽章へ。
第3楽章 アンダンテ・ソステヌート <ジョニーがいなくてがっかり>の旋律から。ポップスにもなったメロディだ。
第4楽章 フィナーレ:アレグロ・グェルリエロ <はやし言葉><英雄ウォレスとともに血を流したスコットランドの民よ>の旋律から。14世紀のスコットランド王ロバート1世の時代から伝わる戦いの歌だ。この調べはベルリオーズも序曲「ロブ・ロイ」(1832)で使った。
グェルリエロguerrieroは、勇ましく、戦闘的な、勇者のごとく、の意。楽章終盤で第1楽章の主題が回帰する場面も胸をうつ。
エルガー(1857~1934)
創作主題による変奏曲「エニグマ」 作品36
創作主題による変奏曲「エニグマ」 作品36
作 曲 1898年10月~1899年2月 初 演 1899年6月19日ロンドン、セントジェームズホール ハンス・リヒター指揮 現行版初演 1899年9月13日ウスターシャー州ウースター、スリー・クワイアズ(三合唱祭)音楽祭 エルガー指揮 |
謎が謎呼ぶ変奏曲。気高い音楽を紡いだイギリスの名匠エドワード・エルガーの逸品がプログラムを締めくくる。
40歳台を迎えたエルガーが満を持して手がけたオーケストラ曲で、正式タイトルは、管弦楽のための創作主題による変奏曲。主題と14の変奏曲から成り、各変奏には友人知人のイニシャルやニックネームが与えられている。特定の人物を暗示した音楽だが、そこはエニグマ(謎)という「タイトル」が示すように謎も多い。
さらにエルガーは「この変奏曲の背後には、実はもうひとつ大きな主題があるのだが、それは演奏されない」と語っている。
なおエニグマという言葉は、親友のイェーガー(後述)により自筆譜に書き込まれたようだが、エルガー自身もエニグマという名称を認め、使っている。
エルガー自身も愛した17小節の主題をはじめ、オーケストレーション(管弦楽法)は巧緻を極め、人気も高い。とくに、祈りの情趣や叙情美が際立つ第9変奏ニムロッドは、コンサートのアンコールや追悼式典でもよく演奏される。
主題 アンダンテ
エルガーは、イギリスの詩人アーサー・オショーネシー(1844~1881)の詩集<音楽と月光>の、われらは音楽を奏でる者であり、夢を見る者でもある、という言葉から霊感を受けたようである。そして、シの♭、ラ、ド、シ音、つまりBACHを意識した音型が聴こえる。
第1変奏 C.A.E キャロライン・アリス・エルガー エルガーの妻
主題の延長で、ロマンティックで繊細な要素も加味された。
「彼女を知る人は、この変奏が彼女を表現していると理解するだろう」(エルガー)。
第2変奏 H.D.S-P ヒュー・デーヴィッド・ステュアート=パウエル アマチュアのピアニスト
彼が演奏前に弾く16分音符のパッセージが描かれているという。
第3変奏 R.B.T リチャード・バクスター・タウンゼンド 劇団俳優
老紳士を演じることが多かったタウンゼンドを、オーボエとファゴットが浮き彫りにしているよう。
第4変奏 W.M.B ウィリアム・ミース・ベイカー 地主
精力的なベイカーがその日の予定を力強く読み上げた後、あわただしく音楽室の扉を閉めて出てゆく様子、とされる。
第5変奏 R.P.A リチャード・P・アーノルド ピアニスト
主題は低音域により厳粛に奏され、管楽器が軽妙な彩りを添える。
第6変奏 Ysobel イソベル=イザベル・フィットンのスペイン語風愛称 エルガーのヴィオラの愛弟子(アマチュア)
主題は、初心者には難しい移弦の練習曲とされる。哀愁を帯びた変奏曲。
第7変奏 Troyte トロイト=アーサー・トロイト・グリフィス 著名な建築家
「不器用にピアノを弾く彼の姿から連想されるのは、打楽器と武骨な低弦のリズム。教師(エルガー)はカオスから秩序を取り戻そうと試みるが、最後のバタンという音は、教師の努力が無駄だったことを示す」(エルガー)。
第8変奏 W.N. ウィニフレッド・ノーバリー(またはノーベリー) 18世紀に建てられた邸宅に住む女性、ウースター・フィルハーモニー協会の職員。
音楽を愛してやまない彼女の笑い声も聴こえてくるかのよう。
第9変奏 Nimrod ニムロッド エルガーの親友。歴史的な音楽出版社ノヴェロに務めるドイツ人の音楽評論家アウグスト・ヨハネス・イェーガー(英語読みでは、オーガスタス・イェイガー、1860~1909)を指す。名の語源は狩りの名手または狩人。
「ニムロッドという名は、私がイェーガーに付けた愛称である。
夕方の散歩で彼は言った。緩徐楽章に関して、最盛期のベートーヴェン(の水準)に達した者はいないと。私もその意見に心から賛同した。変奏曲の最初の小節が、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第8番『悲愴』の緩徐楽章を思わせるように作曲されていることに気づかれるだろう。イェーガーは、私と音楽家たちにとって、大切な助言者であり、厳しい音楽評論家だった」(エルガー)
第10変奏 間奏曲 Drabella ドラベッラ ドーラ・ペニーの愛称。彼女は、第3変奏のリチャード・タウンゼンド、第4変奏のウィリアム・ベイカーの親戚。
「この名前は、モーツァルトの歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』から採られた。妖精の軽やかなダンスを思わせる音楽。ヴィオラ、続いてフルートによって演奏される中間部(の旋律)が大切だ」(エルガー)。
第11変奏 G.R.S. ジョージ・ロバートソン・シンクレア ヘレフォード大聖堂の情熱的なオルガニスト
「大聖堂のオルガニストで音楽学の博士。しかしながら、この変奏曲はオルガンや大聖堂とは何の関係もなく、ごくわずかな部分を除いてG.R.S.とも関係ない。
彼が飼っていた有名なブルドッグのダンが川に落ちる、上がれそうな場所に向かって泳ぐ、岸に上がったときに喜んで吠えた、からヒントを得た。彼がこの出来事を音楽にして欲しいと言ったので、私はそう作曲し、これが生まれた」(エルガー)。
第12変奏 B.G.N. ベイジル・ジョージ・ネヴィンソン 著名なアマチュア・チェリスト。エルガーとチェロを結びつけた恩人でもある。
「名の知れたアマチュアのチェリストで、何度も一緒に弾いた。素晴らしい友人だった」(エルガー)
第13変奏 ロマンツァ(ロマンス) *** アスタリスクが記された。人物は特定できない。
メンデルスゾーンの序曲「静かな海と楽しい航海」の旋律が引用されている。エルガーは当初伝記作家に、音楽祭などのパトロンで友人のレディ・メアリー・ライゴンの名をあげ、草稿にもL.M.Lのイニシャルがあった。いっぽう近年は、一時婚約していたヘレン・ウィーヴァー説が有力視されている。この二人の女性、それぞれオーストラリアとニュージーランドに旅立っている。
第14変奏 終曲 E.D.U エドゥーすなわちエルガー自身 エルガーの自画像
Eduはアリス夫人がエルガーを呼ぶときの愛称だった。
全曲のコーダ(終結部)に相当し、第1変奏(アリス夫人)と第9変奏(ニムロッド/イェーガー)の主題が舞う。当初第14変奏は、現行版よりも100小節近く短かったが、イェーガーのアドヴァイスもあり、エルガーは規模を拡大、オプションでオルガンも添えた。